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鎌倉とどけ隊 <第1便>活動レポート

鎌倉とどけ隊 <第1便>活動レポート

鎌倉とどけ隊 活動レポート - 2011年4月7日 from luispatron on Vimeo.



皆様のご協力により、鎌倉とどけ隊第1便は、予定通り4月6日深夜鎌倉を出発し、7日、8日と被災地にて炊き出しをおこなうことができました。以下、鎌倉とどけ隊<第1便>の活動について、ご報告をいたします。

日程:2011年 4月6日(水)~9日(金)
場所:7日宮城県北上町十三浜大指生活改善センター、8日宮城県名取市館腰小学校(避難所)
宿泊場所:仙台市内
現地入りしたスタッフ(敬称略)20名 森下真司、大島、丹羽、田原、山田、こうへい、宮部、けいご、ようじ、ダルマ、つよし、おさむ、大石、大内、ジャワ、ルイス、れいこ、しびれ、たかし、石川のMAKO

4月6日(水)
11:00よりソンベカフェにて、炊き出しの仕込み開始
大島料理隊長を中心に沢山のボランティアの方が集まり、無事に仕込みを完了。

21:00 麻心集合。積み荷を開始

23:00 最終ミーティングとメンバーの自己紹介を行う。

23:50 鎌倉出発
16名のメンバーが4台のハイエースに乗り麻心を出発しました。沢山の人が見送りにきてくれました。

4月7日(木)
6:30 宮城県菅生PAに到着
4台が菅生PAにて合流。また、石川県から一人でボランティアに来ていたMAKOさんと出会い、一緒に活動を行うことになりました。

7:30 菅生PAを出発

9:30 石巻明友館に到着
現地コーディネーターの千葉さんと会う。
石巻市内の幹線道路の整備はだいぶ進んでいたものの、住宅や商業施設は倒壊した状態。

10:25 石巻市河北総合センター・ビックバン到着。
千葉県から1000ℓの水を持って来てくれたようじ、ダルマ、つよしと合流。

10:35 北上町の大指(おおさし)に向けて出発。
沿岸部に近づくと、津波による壊滅的な被害を受けた街並が広がってきました。
メンバーはショックで言葉もでず、ただ驚くことしかできない様子でした。

11:30 北上町十三浜大指生活改善センター到着
現地をまとめる若いリーダー阿部さんと接触。
炊き出し準備を開始する。

大指地区の現状
大指は、170人ほどが暮らす小さな漁村。
この地区は高台となっているため半分の世帯は津波被害は逃れたものの、漁港周辺の低い場所にあった集落は津波で流され壊滅。行方不明者1名。
生活改善センターには、家を流された30名ほどの人が避難をしていました。
水や電気は復旧していませんでした。(電気は夕方5時30~8時30のみ特設電源で供給)自衛隊が3日1度入浴施設に。

13:00 炊き出し開始
炊き出しメニュー トマトパスタ、白ご飯、スープ、ブリ大根、白ご飯など、計200名分。
自衛隊や民間から物資は届くものの、普段炊き出しを行っている主婦の方の手間が省けたこと、温かい食べ物を食べられることに、住民の方達はとても喜んでくれました。

14:30 片付け開始
昼間は街を離れている人、お風呂に行ってしまっている人がいるため、残ったパスタは、避難所に置いてきました。

15:10 津波被害地視察
大指の方が、津波被害にあった漁港周辺の集落跡へ案内してくれることとなり、メンバー全員で視察へ。
津波発生時は、かなり沖まで水が引き、水平線の海が波打つように見えたと言っていました。逃げるための時間はあったので、被害者が少なく済んだようです。津波が到達すると、徐々に水位が上がってきたそうで、押し寄せる力より、引いて行く力によって、建物を壊していったそうです。漁村であるため、みなさん漁業関係のお仕事が多く地震が落ち着いても、原発の問題で漁には戻れないと嘆かれていました。

16:00 視察終了

現地の子ども達は、とても元気で、鎌倉とどけ隊のメンバーと無邪気に遊んでいました。子ども達の明るさにはホッとさせられました。

16:40 生活改善センター出発。仙台市内へ移動開始

19:50 仙台市内の運送会社に到着。
野宿を覚悟していましたが、宿泊場所として地元の運送会社さんが2階を提供してくださりました。

20:00 森下、大島、丹羽は仙台とどけ隊との打ち合わせに出発。
他のメンバーは各自、夜ご飯などを食べました。

23:00 就寝準備 
運送会社の事務所二階で泊めさせて頂きました。

23:32 震度6強の大地震発生
下から突き上げるドーントいう振動から、立っていられないほどの大きな横揺れが始まり、部屋の冷蔵庫や棚が倒れてきました。鎌倉とどけ隊の1名が足に軽傷をおいましたが、全員無事でした。地震の恐さを体感。
宿泊場所はたまたま停電も断水もありませんでした。

運送会社倉庫に入っていた物資の山が総崩れになっていることを発見し、明朝スケジュールを変更して倉庫整理を手伝う。

8日(金)
9:00 倉庫整理開始
膨大な量の物資を一度外に出し、整理し直し積んでいく作業を手伝う。

11:50 倉庫整理終了
鎌倉とどけ隊、仙台とどけ隊が一丸となり、取組み、予定通りに3時間で倉庫整理を完了。

12:00 再度、とどけ隊との打ち合わせ
行き先を南三陸町から名取市へ変更。

12:50 名取市に向けて出発

14:10 名取市館腰小学校到着
夕飯の炊き出し準備開始。
避難所の現状。館腰小学校には、名取市閖上(ゆりあげ)という人口7000名の街が地図から消えたといわれるほど被害の多かった街から避難してきた約200名の方が生活をしています。避難所としては恵まれており、自衛隊が常備し、朝、夜と炊き出しを行っているようです。しかし、ごはんとお味噌汁と簡単なおかずといった程度のものしか配給されていないとのこと。

18:00より炊き出し開始
炊き出しメニュー 白ご飯、豚の生姜焼き、鶏と大根、鶏と小松菜、カブとソーセージのスープ、小松菜の炒めもの、漬物、サラダ、デザート(おしるこ、クッキー、バナナ)という炊き出しメニューとなりました。
生サラダを食べるのは久しぶりと、大変よろこんで頂けました。避難所で働かれている人にもいきわたりました。
炊き出しは、全て完食。

19:30 体育館で音楽ライブ開始
200名の方が寝泊まりする体育館の壇上に上らして頂き、たかし、しんじ、おさむ、ルイスのバンド「あさはか」とシビレキングさん、オペラ歌手を目指すなるがパフォーマンスをしました。
あさはかバンドには、スペシャルメンバーとして避難所で生活をする工藤さんも参加してくださり、みんなで楽しく演奏しました。

会場からは、自然と手拍子が生まれたり、後ろで子ども達が踊ったり、また涙する方もあったりととても素敵な会になりました。

20:00 ライブ終了&片付け開始

21:00 片付け終了&終わりの挨拶
千葉から来たようじ達とは別ルートで帰宅するため、現地で解散しました。
最後にメンバーからひと言ずつ頂き、メンバー一同「来てよかった」という想いは共通していたようでした。そして、これからも継続的に応援していこうということで第1便の炊き出し活動をまとめ終了しました。

4月9日(金)
4:00 鎌倉麻心に到着
荷物を降ろし、解散。

第1便は準備期間も短いにも関わらず、無事に完了しました。
出発のための手続きや具材、準備品、仕込みのために多くのエネルギーを費やしてくださった鎌倉の地元の方々や仲間たちに深く御礼申し上げます。

このあとも第2便と続いていきますので、引き続き現地ボランティアへの参加または、ご支援のほど宜しくお願い致します。

文責:宮部
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【口座名称】
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【加入者払出店】
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【店名】
029 (ゼロニーキュー)
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【口座名義】
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森下真司

Author:森下真司

鎌倉市長谷のカフェ「麻心」オーナー。昨年から年2回おこなわれているフェスティバル「鎌人いち場」主宰。

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